彼女は波の寄せる海の渚へ、足を踏み入れると、どんどんとその遠浅の海へ歩いて行くのだ。朧ろの月の下に春の海は、ビロードのように波をうねらせて、低く白い波頭が、ねりぎぬのように皺をよせていた。(30P)
両親は彼に職のないことを、極度にきらっていた。もちろん、彼は職を持たないことを、いいことだと思っているわけではない。口さえあれば、どんなところにだって勤める意志は持っているが、何しろ現在では、死にもの狂いになって捜しても、なかなか見つかるものではない。彼にしたって、ずいぶん、奔走はしているのだが、現在では、まず、絶望の状態だ。しかし、さいわいなことには、彼のうちは、彼が月給を取ってこなければ、暮らせないというような家ではない。だから、彼としては、もう少し落ちついて、自分の勉強をしておきたいのである。何も月給を取ることだけが人間の働きではない。当分、月給は取れなくても、しっかりした基礎を作っておけば、将来、どれだけ有益かしれない。彼はそういう意見を、両親の前で開き直って述べたこともあるが、父や母は一応それを受け入れながらも、実際には、そんな書生論にはほとんど耳をかさなかった。(42-43P)
工場とはつまり、何かを作るところです。こんなもの、どうやって作るのだろう、と不思議に思う何か。そんなもろもろすべてが、こうしている間にも、この世のどこかにある工場で、人知れず製造されているのです。
ものを作る、という行為は、他のどんな動物にもない、人間だけが獲得した能力です。工場にはさまざまな魅力が詰まっています。建物自体の面白さ、独自の秩序、機械や道具類の精密さ、製品に対する情熱、誇り、そして人間の手の繊細さ。挙げていったらきりがありません。たとえ無機質なほどに整備され、管理された工場であったとしても、ものを作る現場である以上、そこはやはり人間の知性と感情が詰まった場所と言えるでしょう。(188-189P)
ぼたん雪に鶯の話である。梅を思った。梅の咲く暖かい伊豆の温泉を思った。なおるひまもなくひき返している風邪で胸のなかが重苦しいのも、温泉へ浸れば楽になるだろうなあと思った。
それででかけた。伊豆には雪はなくて、お湯も梅の花もたっぷりしていた。椿の葉はてりをもって青く、夏蜜柑が黄いろく、樟はみごとな枝をひろげている。いつも見る伊豆の穏やかなたたずまいである。だが、そこにいつもでない光景も、ぐうっと大きくうねっていた。去年の洪水の押し通ったあとである。
岩石と流木が幅広い帯になって、害の通った道を示している。恐ろしい量の岩石と流木で荒涼、ただ荒涼たるなかに、なんと、きゃしゃな金具をつけて桐箪笥の上半分が形はこわれなくて泥まみれに、──米とぎ用か漬物用か、新しくない桶が竹たがもしっかりと、──ひっそり無事に坐っていた。
正月二日は晴天だった。(?P)
心ざまを丁寧にすることは時間を食う、と思っているのが思いちがいのようだ。不熟練な人が丁寧なしごとをしようとすれば、むろん時間を食うし、熟練の人でも丁寧にすれば、やはりしごとは時間を食う。しかし、しごとと気持とは違う。つねに丁寧な心ざまでいることに特別な時間はいらない。丁寧な気持で対(むか)えば、お味噌汁一ツにも手応えが出るし、毎あさ使うヘアブラシにも心の沢(つや)はつく。(24-25P)
春はその年を失えば、来年まで待たなくてはならないのである。それで、そのように失ってしまってから思えば、三月の迅さというものがよくわかった。むごいほど春は足早で、待っていないのである。(77P)
花のくびはどれもきれいだ。梅、桃、杏、ぼけ、椿、木蓮などは猪首に枝へついている。首の部分がほとんど無いといっていいのだが、それでいて花と枝とのつながりは安定している。猪首の強い安定である。猪首の花のかわいらしさは、子供っぽくしっかりしたかわいさである。さくらははっきり首がある。青く細長い花首だが、筋が強くて折れることはない。海棠は花も艶麗だが、花首のなまめかしさは類がない。雨の海棠の、花首をつたって花から落ちる雫は、ほんとうにうすくれないに見え、なんでこの木はこんなに紅があまっている木なのかとおもう。(143P)
短くないつきあいというものは、こういう過程がひとりでによくわかるから、理解の行くところに深い愛情も生じ、愛情のあるところにはかならず許しが生れて、いい友だち同士で隔てなく行けるのだろう。(144-145P)
柿の葉のきれいさが受取れれば、それが基準になって、いろんな青の美しさが見えてしまう。羊歯のぎざぎざの青、もちの木の新芽、紅だの白だのの花を囲むさくら草の葉、ことしは三本しか花をつけない鈴蘭の若々しさなどが、映画のなかのようにずうっと順々に眼にはいる。青木の新しい葉はことにみずみずしい。
青が鮮やかに見わけられるときは、陽と影のおもしろさもそこへ浮きだしている。季節もはっきり出ている。色も出ている。形も隠れていない。(185P)