その美和子の方は、おなじ女学校へ通っていても、学問を鼻にかけるような気振りもなく、毎日学校から帰って一定の復習をすますと、すぐ台所へ出てきて母親の相手になり、晩のお献立を考えたり、時には割烹の時間に習ってきたお料理やお菓子をこしらえたりするのであった。ビスケットの焼き方や、カツレツのあげ方など、母は美和子から教わって、女学校は役にたつところだと喜んでいた。日曜日には母子さしむかいで、裁物板をあいだにせっせと裁縫をする。美和子は九つの時から絹物を縫いこなすほど裁縫が上手で、自分の着物を他人手にかけた事がなかった。
あまりに大きな歓びは、肉体的に深い苦痛を伴う事が往々あるらしい。そうしてその苦痛のために、歓びがやがて重荷となってゆく。